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  • 2024/10/27

    令和6年の寮祭はOB企画もあって一味違いました。
    もちろん、大音楽祭や名物芋煮鍋と食欲と芸術の秋いっぱい

    今年入寮した寮生はもちろん、多くの寮生やOB、鹿児島県寮などの他寮の学生、さらに自治会の役員など多数が参加し、大音楽会や米沢牛の芋煮会を楽しみました。
    第1部のオープニングは、地元の滝七太鼓での触れ太鼓が勇壮な音を響かせて開幕。最初に鈴木礼子代表理事から「今日は衆議院の総選挙があり、世界を見ると米国の大統領選挙、ウクライナや中東での戦闘などがありますが、天候に恵まれ多く寮生、OB、OGさらに他の学生寮生や近隣の方が参加され、寮祭が開催できました」と挨拶がありました。
    第1部はオープニングとトークセッション。今年は初の企画としてOB、OGの寮生とのトークセッションがありました。
    荘内館と山形県育英会が合併してできたこの寮の初期に入寮されたOBが、現役寮生に過去の寮がどんな感じだったかを知ってもらいたいと思い、OB、OGにアンケートを取り、それをベースにOBと寮生とが話を交わし、新しい寮生活を楽しむための役立てるための企画です。
    第2部は恒例になった第音楽会で、寮生の演奏や音大生のバンドなどのライブ演奏。プロ顔負けの素晴らしい音楽が会場に流れました。第3部は米沢牛の芋煮会。
    山形県ならではの「つるり芋」「米沢牛」「玉こんにゃく」「庄内柿」「つや姫」おにぎりなどを食べながら寮生同士や先輩との語り合いを楽しみました。

    代表理事挨拶
    滝七太鼓演奏

    OBが現役寮生に貴重なアドバイスをしました。
    ~アンケートとトークショーが再認識させた寮生活~

    2013年に卒寮した中山貴之さんらがOB、OG約30名から回答をもらい、その中からヒントを得て、現在の寮生をもっと盛り上げたいと考えました。
    トークショーをしてもらう3人。OBの阿部さんは新庄出身で早稲田大学卒、在学中に中国留学をし、現在商社に勤務。もう一人のOB佐藤さんは鶴岡出身で明治大学卒のエンジニア。現役寮生からは鶴岡南から東京理科大に今年入学した伊藤さんです。

    アンケートの第1問「寮生活は楽しかったですか?」
    アンケートの第2問「寮生活での一番の思い出は?」

    寮生活については27人が「とても楽しかった」。3人が「楽しかった」、1人が「まあまあだった」。そして、寮生活での楽しかったことは、夜、事務室で遊んだこと、徹夜したことなどがあげられました。
    イベントでは、中山さんが「私が入寮した時は何もない時からスタートした。寮の中で何ができることを考え、カンカンカンという駒込情報誌や山手線一周などさまざまなことをやり、和田寮監からは『一番燃えていた』と評され、イベントで言うと山手線一周で、女装大会などもあった」。

    OBの楽しかったという内容は
    *事務室に集まって遊ぶことで、勉強する時も事務室が多かった。夜がふけるとラーメンを食べに行ったり、そのまま大学に行ったりしてた。山手線一周では朝出発し、夜に帰るとすぐに風呂に入るのだが、筋肉痛になったりしながらもパワフルな生活をしていた。
    *私も時々事務室で麻雀したり遊んだりしたが怒られたりしなかった。共用スペースとか事務室や会議室などあり、そこらを貴重なスペースとしてみんなが遊んだり、自由に使った方が楽しい思い出になる。
    *板橋寮で節分にみんなで机を繋げて身長よりも長い恵方巻きを作って食べた。
    *山手線一周では、帰寮して汗を流すために風呂に入っているうちに、脱衣籠の私服がコスプレ、例えばウエディングドレスに変えられ、それを着て食堂に行かなければならなかった
    *OBが買ってくれた電飾を寮の周りに飾り、寮に帰るとクラッカーが響き、ただいま!と言ってテープを切る。寮でなければできないこと、みんなでいろんな遊びをしながら良い友達を見つけて欲しい。

    コスプレを着た新郎新婦姿

    寮生は昔から「恋愛」についてはチャレンジしていたが・・・
    そして、寮生活で生涯の親友を作れた人が多い!

    アンケートの第3問「寮で恋愛していましたか?」
    アンケートの第4問「寮でやっておくべきだったこと」

    アンケートでは最も多いのが「付き合った相手がいたが別れた」が23.3%。片思いで終わったが好きな相手がいた」が20.1%、「付き合った相手があり、現在でも続いている」が6.7%。
    *今日もこの会場に来ているが(いいなぁ!との声)、寮にいると女性と突然喋る機会はないが私が寮の委員長をしていた時、彼女が1年で委員会の会計をやってもらったのがきっかけ。それから付き合うことになった。
    *失敗談もある。駒込、板橋の寮会で新入寮生むけの動画を作ろうとなり、2つの寮から女性を選んでもらった。そこで私は好きになり、友人からバレー「白鳥の湖」の券を2枚譲ってもらい一緒に見に行ったが、終演になると彼女は「私、帰ります」と言われてしまった。板橋寮ではそういう時に「失恋鍋」を作って慰めてくれた。
    *片思いに終わろうと、チャンスを生かして今でも付き合っている人がいるようになってほしい。
    *私は学生の本分は勉強だ!と思っていたが、今の話を聞いて勇気をもらった。やはり、自由に恋愛してもらっていいと思う。

    アンケートの第4問「寮でやっておくべきだったこと」
    最も多いのは「もっと勉強をすること」46.7%。次いで「アルバイト・インターンなど」40%が多い。3番目が「寮のイベントにもっと参加する」22.3%だ。4番目は「寮の中で友だちをつくること」13.3%、「恋愛」10%などがあった。

    <寮生から、寮にいて友達を作ることにどんな意義があるか?との質問>
    *寮にいて一生の友ができたことは大きかった。社会人になると利害関係があって本当の友人が作れない。寮では、同じ釜の飯を食べた友達であり、卒業して10年以上経つが今でもかけがいのない友だ。寮生も部屋に籠らず先輩方も受け入れてゆくようなコミュニティーになればいいな。
    *寮では楽しく過ごしたし、大学院に行って勉強もした。どちらかをしなくてではなく、イベント、勉強、遊び・・・自分で時間を作って全部やる。失敗してもやった方が良い。

    同じ釜の飯の仲だから、寮では一生の親友を作ろう!

    最後のアンケート「寮でできた友達は?」

    第5問:寮で出来た友達は?

    「一生の親友」40.0%、今でも連絡を取る仲の良い友人」53.3%、「卒業後連絡とっていない」と「当時は仲が良かったが今はほとんど連絡ない」がそれぞれ3.3%。
    *アンケートですごいと思うのは40%が一生の親友、という数字だ。自分でも卒業してからも旅行に行ったり、寮で8年下の後輩を誘ったりしている。寮生活で思い切り楽しんで行くと仲の良い友達ができる。

    自分の結婚式の時のものだが寮時代の友達も呼んだ。

    *私は昨夜、寮時代の友人と会った。一人は名古屋から来て。もう一人は東京から来たのだがワーキングホリデーを使いオーストラリアに行くという。就職活動のころから関係が深まり、社会人になってからも定期的に会ったりしているかけがいのない友達。山形出身という共通点、同じ釜の飯を食べた仲・・・みんなも今は分からないかもしれないがすごい財産だ、と思うようになるはず。
    トークセッションの最後に企画をしたOBから「伝えたいこと」が流れました。
    ・昔の寮生は、体当たりでいろんな企画をやって、めちゃくちゃ楽しんで一生の友達を作ってきました!
    ・皆さんにもぜひ後悔のないように寮生活を楽しんで欲しいと思っています。
    ・そして、よければOBとも仲良くしてください。

    あっという間に時間が過ぎ、寮生はOB、OGのみんなが寮生活やイベントなどをどのように楽しみ、良い思い出を作っていったかを聞き、寮での恋愛の形に納得したり、友人の大事さなどをそれなりに収穫していました。

    第2部は大音楽会で、午後1時から寮生を中心にしたクラシックや自分で作曲したものの演奏などバイオリン、ピアノ、ギター、ボーカルで披露しました。やはり、寮の仲間が素晴らしい演奏をするたびに拍手喝采、楽しい時間でした。
    続いて、寮祭のお待ちかねの米沢牛や山形県産の野菜、果物を用意したやまがた育英会名物の「芋煮会」が始まりました。寮生はOB、OGそして来場された他寮の学生、来賓などと話をしながら楽しい食欲の秋を味わいました。今回も、BGMとして東京音大のメンバーによるジャズのスタンダートナンバーや名曲を聞きながらで芸術の秋のひとときでもありました。(文と写真 理事 菅野昭彦)

  • 2024/5/20

    今年の新入寮生は35名。
    駒込寮に28名、板橋寮には7名です。

    令和6年4月14日、今年の新入寮生35名の歓迎会が開催されました。4月14日(日)は新しい出発を祝うような快晴、歓迎会日和でした。11時30分過ぎ、駒込寮の玄関前に勢揃いして記念撮影が行われました。大学生になった希望に溢れる笑顔が素敵な新入寮生の前途が期待されました。歓迎会は12時から開始され、最初は講演会、続いて新入寮生歓迎会が開かれ、全員が自己紹介をした後、乾杯があり会食を楽しみました。第二部は音楽演奏アトラクションがあり、会話や飲食とともに素晴らしいライブ演奏を楽しみました。

    第一部 講演会
    新一万円の顔『渋沢栄一が願う社会』
    講師 渋沢資料館 学芸員 永井 美穂様

    新入寮生の皆様、入学おめでとうございます。故郷を離れると改めて故郷は大事だなと思うものです。私は岐阜出身で東海地方の大学でした。父や兄は東京の大学に入り、学生寮で過ごしたのですが、寮時代の先輩や仲間と過ごし、心強かったと言っていて羨ましく思ったものでした。健康に気をつけて両親への連絡を密にしてください。学生時代は人生の中での贈り物みたいなもので、人生における恩師やかけがいのない友人が得られる時です。そして周りの人に助けられたり、助けたと支え、支えられる存在として過ごしてください。今年新一万円札が発行になり、渋沢栄一がその顔となります。大河ドラマの主人公となった渋沢栄一ですが、関連の本もたくさん出ています、今日は彼がどんなことを大事に思い、どんな社会を目指したか、をお話しますので、理解を深めてください。

    駒込寮から歩けるところに渋沢栄一の旧居がありました。

    ところで、渋沢資料館は飛鳥山にあります。この寮からは歩いて20分くらいです。ここは渋沢栄一の旧居跡で、彼の生涯と事績の資料を展示しています。飛鳥山には彼が明治12年に庭もある別荘を作り来客などを対応しました。さらに大正年間建設した二棟の石造りの建物は「晩香蘆」「青淵文庫」として現在公開しています。さて、渋沢栄一ですが天保11年(1840)に埼玉・深谷で誕生しました。生家は藍玉の製造販売をしていました。青年時代は、ちょうど尊王攘夷運動が盛んだったこともあり彼も高崎城乗っ取り事件とか横浜での異人襲撃事件計画などやったりしました。そのため幕府からの追求を逃れるため京都に逃れた。やがて、後に第15代将軍になる一橋慶喜に仕え財政改革などを実績をあげ、出世の道を歩み出しました。

    江戸から明治に時代の変化が渋沢を成長させた。
     〜尊王攘夷派から西欧文化を取り入れた経済人へ〜

    一橋の家来になって家政の改善などに成果をあげ、認められてきました。慶応2年(1866)徳川慶喜が第15代将軍に就任。翌慶応4年(1867)パリ万博に日本が初出展するため2月に慶喜の弟徳川昭武を代表にパリへの使節団が派遣されたが、渋沢栄一も慶喜の命で随行することとなった。4月にフランスの到着し、栄一は外貨両替や会社組織など西洋の近代的な金融・経済のシステムなどを学んだり、パリの景色は石造の街、ガス灯がつき水道が引かれ、新聞が発行されている。中でも元手はなくても賛同者を募り会社を起こすという会社組織・株式会社を知りました。しかし、慶応3年大政奉還がなされ、直ぐに鳥羽・伏見の戦いから明治維新が始まりました。そして、明治政府から帰国命令が出され全員が帰国しました。

    帰国後、栄一は明治2年(1869)から明治6年まで民部省・大蔵省の改正掛として新しい国づくりのため、株式会社の仕組みや設立手続き、方向性などを作ったり、電信、鉄道、度量衡、郵便、貨幣制度、関税などの推進をし、群馬の富岡製糸場にも携わりました。 明治6年に退官して一民間人として活動始めました。まず最初に行ったのが国立第一銀行の設立です。5層建のこの銀行はもともと三井組が為替座のために作ったものを国立第一銀行としたものです。栄一は金儲けは卑しいものではないといい、銀行は川のようなもので、支流が集まり大きな川となる、銀行とはそういうように金を集めて会社を作る、と。 渋沢栄一はこの国立第一銀行では総監査(後に頭取)をやった後、さまざまな会社例えば東京電力、東京ガス、大日本麦酒、王子製紙など約500社の設立や育成に携わり実業界で活躍しました。さらに福祉、教育、医療、国際交流など公共事業などでも600余を作ったり育成したりしました。

    忠恕、合本、道徳経済合一が3大テーマ

    ところで『渋沢栄一が願う社会』というテーマですが三つあります。一つは「忠恕(ちゅうじょ)。これは論語からとった言葉ですが、己の真心を尽くし思いやりを為す、ということで、思いやりがあれば商売や人間関係などは適切にできる基本だ、ということです。

    二つ目は「合本(がっぽん)主義」。栄一は近代日本資本主義の父と言われますが」彼は会社は合本説でなければならない、と言いました。多くの事業を行う中で会社は合本組織として皆んなでやり、中心の人もその一人となることで、資本家だけが儲かれば良いというのではなく、公益の追求に最も適した人を集めて事業をやるのです。

    三つ目は「道徳経済合一論」でした。商売をしている中で生産殖利と道徳は一致させなくてはならないということです。たくさんの事業を行う上で、彼は道徳と経済の両立を訴え、「論語と算盤」という考え言いました。それを象徴する絵があります。

    右側にシルクハット、手前に論語の本、その後ろに刀を描いていますが、商売している中で論語の正しさと商売は両立ではなく合一であると言っています。彼が公共事業に力を入れたのも世の中を良くする、国のためになるためで、そのためにも民間の力を発揮しなければならないということで、実践してきました。これらは道徳を「論語」に、商売を「算盤」に象徴させた彼の名著に書かれています。

    新一万円札に描かれた渋沢栄一は、子供の時から親しんだ論語をベースに、若くしてフランスで経験したことを明治から昭和にかけて日本経済発展に貢献しました。彼が願ったのは、便利で豊かな社会実現のためには必ず道徳がなければならない、ということでした。

    質疑応答

    質問 渋沢栄一は明治政府から民間に移ったが、誰でもできることではないと思います。その原動力はなんだったのでしょうか?

    答え それは彼が一生懸命仕事をやる、ということだったからだろう。政府にいた時建白書を出した。しかし、理不尽と思い大蔵省を辞めようとしたら上司の井上馨が止めたがだめだった彼は疑い続け、これで満足するということがなかった。一度木材の輸入が多かったので国産にしようとしたことがあった。いろんな人と話をし解決したが、これなども合本主義の考えだった。いつも同じ人ではなく、新しい人と仕事をやったりして仲間が増えてゆく。同時に解決する力にもなった。

    (公財)やまがた育英会
    寮監 和田 豊
    渋沢史料館、
    学芸員・永井美穂さんの講演風景
  • 2024/2/20

    2023年度予餞会が開かれました。

    令和6年1月29日(日)、やまがた育英会の令和5年度の卒寮生を送る予餞会が午後3時から駒込で開催されました。令和2年度に入寮した寮生は、新年早々に新型コロナウイルスが拡大した時期と重なったため、大学の入学式も中止になり、入寮しても大学が閉鎖されているなどで、寮で生活したり故郷に帰郷したりと大変な時を過ごしました。

    それでも翌年からオンライン授業だけでなく登校して対面授業を受けるなど次第に正常な大学生活を送れるようになり、最後の2年は充実した学生生活でした。

    予餞会の第一部は恒例の記念講演会で、今回の講師は当寮の前身の一つである庄内館出身の評論家 佐高 信さんで、テーマは「人間の魅力とは」。庄内藩と西郷隆盛とのつながりから佐高さんが取材した著名な人を取り上げ、80分の熱演をしました。

    佐高 信氏の講演
    卒寮生を送る予餞会の風景

    「人間の魅力とは」

    私はこの寮の前身である庄内館で4年間暮らしました。和田寮監から今日の予餞会では長年にわたっていろんな人にインタビューをしてきた中で、人間の魅力とは何か、と言うことを社会に出る皆さんに話してと言うことだった。

    ●庄内藩と西郷の繋がり

    皆さんは西郷隆盛を知っているでしょう。明治維新で中心になった薩摩藩の人で、薩摩、長州などは官軍となった。庄内藩の酒井家は元々が徳川家の譜代大名であったため戊辰戦争では庄内、会津藩など奥羽越列藩同盟とともに賊軍になった。中でも会津は徹底的にやられたが、庄内藩は西郷隆盛が来て無血開城となった。その後、その恩義に感じた当時15歳と18歳の2人が鹿児島に留学した。2年後、西南戦争が起こった時、薩摩側は2人に関係ないから帰るように言ったが2人は薩摩側で戦い、17歳と20歳で亡くなった。

    私は西郷にはそれほど関心はなかったのだが、庄内藩の2人の若者が命を捨てても良いと思ったこと知り、それを紐解かなくては、西郷はそれほど魅力のある人か、との思って西郷伝説をを書いた。

    私が講演会で鹿児島に呼ばれたのは西郷伝説を書いた縁だった。

    鹿児島は皆んなが私より西郷のことを知っている人ばかり。そこで私は、南洲遺訓というのは庄内藩士がまとめたもので、西南戦争で亡くなった西郷の考えを書かれた。明治23年に恩赦があって西郷隆盛が賊の汚名が取れ、それをきっかけに西郷遺訓が広がった。庄内藩士がまとめてことを話した途端、会場は静まった。

    西郷の号は南洲といい、南洲神社は全国に四つある。鹿児島の城山にある墓地の西郷の墓の左下には庄内藩士2名の墓があった。その他、宮崎県都城市、島流しにされた沖永良部島、そして酒田市にある。写真家の土門拳記念館のそばにあるので、ぜひ皆んなも行って欲しい。

    ●藤沢周平、城山三郎、中村哲の共通の生き様

    さて、皆んなは藤沢周平を知っているかな?(誰も手を上げず)。彼は鶴岡出身の作家で、私は取材で会ったが口下手な人だった。

    藤沢周平と司馬遼太郎の違いは何か、と言うと例えば江戸城を誰が作ったかを表現するとわかる。司馬なら太田道灌、と言い疑問を持たないだろう。が、藤沢なら本当にそうかと疑問を持ち、迷いにも通じるが大工と左官が作った、と言うだろう。迷うと言うことは苦しいことで自分を疑うことでもある。単純に信じるほうが相手に責任を預けるので楽ではある。今の日本に足りないのは疑うことで、直ぐに信じる人は魅力がない。

    もう一人、作家の城山三郎を私は師匠として付き合った。彼は崩れない男と評していたが、常に最後まで迷っていた。作家として著名になった頃、丸の内で大学の同級生に会った時、彼は「城山!」と呼んだ。俺は有名作家を知っているぞ、と周りに示したかったのかもしれないが、城山は自分の本名を呼ばないことに憤っていた。名前で判断するのが嫌いだった。

    2007年に亡くなった時のお別れの会で、堤清二、渡辺淳一とともに私が弔辞を読んだ。城山は藤沢周平に近い人で護憲と勲章拒否は外せないと言っていた。なぜかと言うと、彼は17歳で海軍を志願したが、当時は軍隊は素晴らしいと煽っていたが現実はそんなものではなかった。そこで、彼は国家は信じられない、勲章などはいらないと言った。戦争で全てを失ったが、戦争に負けて得たものは憲法だけだ、だから今の憲法を守ると言い、勲章も世界的に著名な写真家の土門拳に対して日本国は勲4等の勲章をくれたが、政治家ならは勲一等だ。城山はそう言うのが嫌いだった。

    城山は主流の考えや多数意見があっても、自分は違うと言える人が魅力ある人と言う。

    皆さん、中村 哲という人を知っているかな?医者だが、アフガニスタンに行き荒廃した国土や病気は蔓延した中で、聴診器を捨てて井戸を掘る技術を学び、用水路を作り砂漠を緑地に作り変えた人だ。砂漠で暮らしが成り立たないからゲリラになると言う人々に武器では平和は守れない、と言うことを示した。

    彼が日本の国会に参考人として呼ばれて「自衛隊のイラク派遣は有害無益だ」と話をした時、議員がヤジった。イラクに自衛隊を派遣するまでは現地では日の丸が安全の印だったが、派遣した後は日の丸が狙われ、中村さんはゲリラに襲撃されて殺された。その時でも反撃はするな、と言った。偶像崇拝を禁じるアフガンに今ナカムラ広場と言うのがあって中村哲の大きな写真が飾られている。中村さんは日本国憲法を実現した人、として葬儀の時、大統領が棺を担いだ。まさに希望が持てる唯一の日本人だ。得にならないことを淡々とやり、偉ぶったところがない。魅力ある人とは、相手が王様であろうとも、乞食であろうとも態度が変わらない人なのだ。

    ●特権立場に立たなかった原田正純

    もう一人、原田正純さんという医者がいた。熊本大学医学部で助教授だったが、水俣病の原因がチッソであることを突き止めた学者で、著名な大学教授やチッソ側から最後まで攻撃され、とうとう教授になれなかった。考えてみると中立とは力関係が均衡している時のみにあり、人間生きている限りはどちらかの立場になる。でも、少数の立場であっても、多数に乗っかって生きては行けないと言うことがあり、特権の立場には立たないと言うことが人間の魅力にもなる。平等のものは平等に、不平等のものは不平等に扱うことこそが平等なのだ。

    私は庄内館での学生時代、寮の仲間の大学の講座をチェックし、聴きたい講座のある大学に盗聴に行った。その一つが学習院大学の久野 収先生で専任講師を長く勤め、教授になった。戦後の政治思想や社会思想などに影響を与えた哲学者で、市民運動の理論づけをした人だ。偉ぶることもなく80歳近くになっても重い鞄は学生に持たせることはなかったし、いろんな集会でも自分が主催者でなければ絶対に前に出ることはなかった。慶応の学生だったが、久野先生には私淑し、師弟の縁を結ぶことができた。

    いろんな人の話をしたが、私は、藤沢周平、城山三郎、中村 哲の3人が苦しみのわかる人だと思う。迷った時は得な方に行く人は魅力がなく、迷った時に得にならない方に行く人が良い、たった1回しかない人生なんだから。

    自分も訴えられる危険を冒して書いているが、人に意見を言うためには疑うことから発する、それが人間の魅力と言えるのではないだろうか。

    *佐高信さんは、昨年暮れに、近代史に足跡を残した31人を取り上げた評伝集「佐高信評伝集」全7館を完結しました。そこに書かれた人を中心に講演を行いました。

    第一部の後、卒寮生を送る予餞会が開催されました。

    最初に鈴木礼子代表理事が挨拶し、「卒寮生の皆さん、卒業おめでとう。今日の会にあたり色々思い出しました。4年前、コロナの蔓延で始まり、自宅待機で寮に留め置かれたり山形から上京できなかったりし、リモート授業などもありました。それでも、これまでしっかりと進むべき道を決めてこられた。ぜひ、新しい道に踏み出し、これまで学んできたことを生かし、成長されることを期待します」と愛情こもった送別の辞を述べました。

    続いて、山形県東京事務所の飯野次長から「皆さんは夢を実現するスタートに立っています。失敗を恐れず、失敗も経験としてプラスになる、と言う考えで前向きに進んで欲しい」と祝辞を述べられました。

    その後、佐高 信さんから卒寮生全員に、著書の「反戦川柳人 鶴彬の獄死」(集英社新書)を記念品として贈呈されました。

    卒寮生代表の結城壮汰君が謝辞を述べました。

    「寮監、理事、寮母の皆さんに支えてもらった4年間でした。入寮時は不安もありましたが、コロナで大学にいけない時も寮なので友人もいるので本当に助かりました。その後も寮にいれば寮の仲間がいて、一歩外に出れば大学の友人と会えるので寮生活は良かった。その中でも、印象に残るのは<山手線一周>に参加したことでした。これから社会に出ても、寮に来れることを楽しみにしています」

    佐藤修三常務理事の発声で、前途を祝する乾杯が行われ、予餞会が始まりました。

    今回も齋藤優多さんグループのジャズトリオのライブ演奏があり、「鈴懸の道」「テイクファイヴ」など有名な4曲を演奏しました。

    会場に素敵な音楽が流れる中、皆さんさまざまな料理や飲み物を手にして話を楽しみました。

  • 2023/11/10

    令和5年寮祭のテーマは大音楽祭!

    10月29日(日)午後、駒込学生会館で今年の寮祭が盛大に開催されました。

    寮生が企画したテーマは「No music No life 音楽こそが人生だ!」

    鈴木礼子代表理事が、4年ぶりにコロナから解放された盛大な寮祭を楽しんでください、と挨拶するとともに開幕しました。

    スタートは、地元中里町の小学生が中心の和太鼓と組による力強い太鼓の力強い響きで始まりました。

    平安からの笛で演奏がスタート!

    続いて寮生の佐藤 樹君(國學院大)が平安時代から続く龍笛で越天楽を奏で、2曲目は寮生富樫永里奈さん(青山学院大)が伴奏してアニメのテーマソングを演奏しました。2番手は鹿児島奨学会OBの上村亜技通さんがはるばる奄美大島から上京し、三線で島唄を歌ってくれました。寮同士の交流から実現したものでした。

    続いて寮生の演奏があり、富樫永里奈さんがピアノソロでショパンの英雄ポロネーズを演奏、本間 光さん(上智大)のバイオリン演奏(富樫永理奈さんピアノ伴奏)、浅野目晋之介君(東京音大)のピアノソロ演奏を熱演。

    2年連続で髙橋健太君が指揮をする尚美ミュージックスクールの11人バンドが様々な楽器の個性を生かした素敵な合奏を聴かせてくれました。寮生の石川鴻君(東京音大)、齋藤優多君(東京音大)も参加。

    尚美のOBの西村八大君はアコースティックギターを弾きながら透明感あるボーカルで5曲歌い、続いてDerekめぐみ君がエレキを弾きながらパワフルなボーカルを聴かせてくれました。

    最後の10番目に登場したのがジャズドミナンツ。齊藤優多君(東京音大)のドラムとピアノ、クラリネットの東京音大トリオがテイクファイブなど5曲を演奏。アンコールの声に応えて、寮生から「ファの音で即興演奏を!」などの要望に即座に数分の演奏をし、喝采を浴びました。

    大音楽祭と銘打った寮祭のイベントは2時間半ほど続き、和楽からクラシック、ジャズなど音楽に包まれた幸せな時間が流れました。

    第2部は恒例の芋煮鍋を囲んで!

    予定より1時間遅れて芋煮鍋を中心にした故郷の味覚いっぱいの飲食が始まりました。今年も米沢牛や里芋、玉こんにゃくなどがテーブルに揃い、寮生同士やOBや来賓と会話が弾みました。

    第3部は外の広場で焚き火を!

    コロナから解放され、今年は初めて外の広場(玄関前)で特設の焚き火コーナーで火を囲んで皆んなの懇親を深める時間を作りました。都心ではなかなか出来ない小キャンプファイアーに参加した寮生は大喜び、深まる秋の夜を味わいました。

    オープニングは和太鼓と組の熱演
    佐藤 樹君の龍笛演奏
    三線で島唄を歌う上村さん
    富樫さんのピアノと
    本間さんのバイオリン
    本間さんのバイオリンと
    富樫さんのピアノ
    浅野目君のピアノ演奏
    SHOBIの11人のバンド+寮生の
    迫力ある演奏
    西村八大君のギターと歌
    Derekめぐみさんのエレキとボーカル
    齋藤君らのジャズトリオが締めを務めた
    故郷の味芋煮を味わう
    故郷の味芋煮を味わう
    米沢牛肉など故郷の素材いっぱい
  • 2023/7/3

    寮監だより

    ゆっくり歩けば遠くへ行ける

    この春刊行された沢木耕太郎の長編ドキュメンタリー『天路の旅人』を読んだ。第二次世界大戦末期、中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川十三の逃避行である。敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも「未知なる世界へ行きたい」との思いが強く、チベット、ネパール、インドへの旅を続けるのである。その距離は4年間でおよそ10,000キロに及び、すべて徒歩で成し遂げたのである。旅を続けるために生き残る最低限必要なものを除きすべて手放してしまい、真言を唱えて托鉢し、たまに交易などをして放浪を続けた。

    昔の人は現代人よりも歩くことには優れていたに違いない。例えば明治維新後、鶴岡の若者が西郷さんに教えを乞うために鹿児島まで行ったわけで、その距離はおよそ1,600キロ、松尾芭蕉が奥の細道を旅したのは156日間で約17,000キロである。1日当たり30キロになるが現代人とは比較にならない健脚だったのです。

    12回目を迎えた「山手線徒歩一周」

    2010年に駒込学生会館の有志5,6人でスタートしたのが始まりです。山手線を一周するとマラソンコースとほぼ同じ42キロの行程を全員一緒にスタートして全員一緒にゴールするのを目指してきました。コロナ禍で2年間休みましたが昨年から復活しました。

    今年は1年生の参加が多くて、朝7時30分のスタート時は30数名だったのですが、途中参加、卒寮生なども加わって総勢50数名に膨らみ、最終ゴールを全員笑顔で達成できたことは大変喜ばしいことです。故障者も途中棄権もなしに和気あいあいと集団行動を助け合いながら達成した喜びはひとしおのようです。各駅の集合写真やスナップ写真がロビーの掲示板にびっしり貼られていますが、皆とてもいい顔をしております。

    先導役の計らいで、全体のペースが落ちても安全無事を優先したため寮の到着が深夜の1時45分となりました。到着後は出迎え隊が用意した食事で疲れを癒し、ゆっくり時間をとって余韻を楽しみました。出迎え隊が用意しメニューは以下の通りです。

    • ちらし寿司
    • とん汁
    • 唐揚げ
    • きゅうりの一本漬
    • 杏仁豆腐
    • ローストビーフ
    • 飲み物各種(ソフトドリンク、缶チュウーハイ)

    参加者のみんなは、成し遂げた「達成感」をお互いにねぎらい、笑顔笑顔の深夜の打ち上げ会となったようです。お開きは午前4時。お疲れさまでした。

    隊長・結城壮汰(4年)のコメント
    達成感がハンパない、生涯の宝!

    1)印象に残ったこと
    • 圧倒的に1年生の参加が多く、エネルギッシュでした。若いですね(笑)
    • みんな笑顔で歩いてくれました、疲れた様子を見せる人も無し
    • 今年も山手線Tシャツの作成。一駅ごと全員で写真撮影を行なった
    • 食事は仲間になりやすい。昼夜ともトランプで班を決めた
    • 初対面でも学年関係なくゆっくり話せるリフレッシュタイム
    2)大変だったこと
    • 30~50人前後、まとめながら歩くことの難しさ、あれこれ悩む
    • 基本的にペースを変えずに、声掛けや誘導でなんとかやり切った
    • 渋谷(スクランブル交差点)、新宿(歌舞伎町)は要注意
    • 暗くなり渋谷過ぎたあたりから皆の足取りが重くなる。ペース変えずに前進
    • 食後は元気になるけど足がついていかないですね
    3)感謝したいこと
    • 一緒に歩いてくれた方々ありがとう!来年もその調子で
    • 当日かけつけてくれた卒寮生(差し入れやお出迎え隊)に脱帽
    • おいしい食事を用意してくれた片桐さん、芹沢さんごちそうさま
    • 大崎でエネルギーを補給してくれた山田さん
    4)教えられたこと
    • 時間に捉われすぎないこと・・・朝の7時半に出発して到着目標が夜の11時半だったが着いたのが深夜の2時前になってしまった。夜は歩くのが楽しい、ビール片手の先輩も。
    • 「東京ってこうゆう所なんだ~」見られない光景が新鮮
    • 協力者の存在。先頭を一緒に歩いてムードを作ってくれた人や、いろんな場面でまとめてくれた人(田村真鈴さん、小林佑紀さん)
    5)反省と来年に向けて
    • 夕方以降ペースが落ちることを考えて、時間調整が必要
    • 休憩場所や写真スポットをあらかじめ決めておく
    • 夜は楽しくなるけど、周りの家や歩行者のことも考えて行動を
    • 事前の下見をして面白い場所をあらかじめチェックしておくことが大切
    • 間隔があいてしまうので、上級生が真ん中で調整の必要も
    • 来年は経験者が多いのでスムーズな行動を期待したい
    6)お気に入りスポット
    • 品川の御殿山 人口の滝や池があり静かで落ち着ける、ここで休みたかった
    • 渋谷の宮下パーク 友達との散策にはとても良い雰囲気
    7)おわりに
    • 寮に帰ったのが深夜の2時近くにもかかわらず、その後も美味しい食事を囲んで朝まで盛り上がりました。楽しかったという声が多く、また歩きたいと言ってくれる4年生もおり、とても良い伝統の行事だと思います。来年も歩いて下さいね。

    最後尾・鈴木健人(3年)
    歩きながら楽しそうに会話が弾んだ!

    • 1年生と上級生の交流が活発、意外な一面に触れた。
    • 意外に上級生の参加も多く、過去最高の参加人数になった
    • OBの日野敦史さん(ベネッセ)、佐藤正就さん(筑波大院生)も参加して積極的に下級生へ声をかけてくれた。
    • 夜になると疲れも出たが「最後まで歩き切る」を目標にした
    • 来年度は隊長としての役目があるので、今年の反省点を検証して、もっと楽しく充実した「山手線徒歩一周」になるようにしたい。

    お知らせ

    7月14日(金)にスタジオジブリの最新作、宮崎駿監督の長編アニメ『君たちはどう生きる』が封切られます。構想からあしかけ7年をかけて完成した作品で、おそらく宮崎監督最後の作品となるでしょう。内容は全く非公開、宣伝も一切打たないそうです。

    私が宮崎さんの初の劇場アニメ『風の谷のナウシカ』の旗振り役をして早いもので40年が経過しました。その後も天才・宮崎駿さんはよき仲間に恵まれて数々のアニメをスタジオジブリ作品として世界に発信し続けております。果たしてどんな内容の作品になったのかとても楽しみです。皆さんもご覧になって下さい。

    『君たちはどう生きる』という哲学的な命題は、若者に向けられた永遠のテーマです。果たして宮崎さんは私たちにどんな生き方を見せてくれるのか、それを見届けたうえでの感想と、私が現役時代に宮崎駿さんと『風の谷のナウシカ』を苦労して成功させたエピソードンドを交えてお届けします。次回は夏休みにも入りますので、次回は9月上旬にお届けいたします。

    (公財)やまがた育英会
    寮監 和田 豊
    出発前、寮の前で全員集合!
    東京駅丸の内で
    新橋駅前SL広場で
    女子寮生も頑張ってます
    まだ頑張るぞ!
  • 2023/4/21

    令和5年、36名の新入寮生が加わりました。

    4月16日、4年ぶりでマスクなしの素顔の歓迎会を開催しました。

    朝から晴れ渡った4月15日(日)、正午から駒込学生会館で令和5年度新入寮生歓迎会が開催されました。今年の新入寮生は合計36名(男子駒込12名、板橋3名/女子駒込15名、板橋6名)です。

    歓迎会の始まる前に寮玄関脇で記念の集合写真を撮影、新しい門出に喜びが溢れる笑顔で写真に収まりました。12時からは歓迎会恒例の緑䕃塾が開催され、今年の講師は白鴎大学特任教授で寮の前評議員の下村健一さん。元TBS報道局アナとして、そして民主党政権での内閣広報室審議官を務めたジャーナリストです。

    テーマは『情報に振り回されない4つのオマジナイ」。大学生になり東京で、情報の大海に船出する新入寮生に情報をしっかり自分で判断できるようになるよう羅針盤を具体的な事例を示しながらながら寮生に情報への接し方の重要性や楽しさを話してくれました。

    講師の下村健一さん
    スクリーンに具体的例を出して解説

    『情報に振り回されない4つのオマジナイ」

    ~リモートの普及でますますネット依存化~
    気をつけて真偽を見極めようとしても、知識がないからわからないということをなくす4つのオマジナイを身につけよう!

    ・オマジナイ1 ソク断するな

    現代は情報が駆け抜けて行きますが、一つの情報を聞いただけで納得するのではなく一旦止め、何が正しいのかいろんな情報を集めてから決める。それが正しい情報の取り方です。

    コロナと同じように三密情報というのがある。一つしか情報源がない密閉した状態のものは危ない。だから一旦保留する。

    二つ目は密集は危ない。みんなが「いいね」と言っているという情報ほど危ない。正しい情報とは「いいね」の数ではない。

    3番目は密接。親しい人、近い人の話ほど信じやすい。他の情報も取り入れてから判断する。

    学生生活では、こういう三密に注意して情報に接してほしい。早く決めると決断が早いと言われ憧れたりするが、そく決めつけてしまうより保留しで決めてゆくことです。

    ・オマジナイ2 ウ呑みにするな

    ニュースなどでレポーターの話を聞いても、修飾語をはずして内容を単純化することで真実に近づける、変な印象っぽい予備知識をなくすると情報には振回されなくなるのです。ここは事実っぽい、これはレポーターの印象っぽい、と二つに分けることが大事。

    事実に見えたものでも他の見え方がないかな?と考えることも必要。例えば桃太郎の話を桃太郎の立場ではなく鬼やその家族の立場で見ると全く違う。人里に熊が出た!というニュースだって熊の立場から見ると逆の見方ができる。
    だから、見る角度を変えたり、順序を逆にするなど立場によっていろんな見方ができるということを気づいてください。

    ・オマジナイ3 順序を変える

    情報は伝える順番を変えると、受け取り方がガラっと変わるのです。例えば、コロナ用の飲み薬が出たとする。副作用があるかもしれないが重症化を防ぐ効果もある、と言われたらじゃあ飲むかな、と思うかもしれない。しかし、重症化を防ぐコロナの飲み薬が出たが副作用があるかもしれない、と言われたらじゃあ少し様子見ようかと思う。このように順番を変えると印象が変わる。だから見る角度を変えたり順序を逆にするなど立場によっていろんな見方ができる。

    大学生になったのだから、第一印象だけではなく、角度、背景、順番などを変えることで情報は第1、第2、第3と印象が変わってゆくことを知りましょう。

    ・オマジナイ4 スポットライトの中だけを見るな

    一つのスポットライトの中だけでなく周りの暗がりに別のものが隠れているかもしれない。私たちは一部を見て全体を直感する力を持っている。これは大事だが、ぞれだけでは全体を見てはいないかもしれない、だから、スポットライトだけではなく、
    ①その人を見る、責任ある人かどうか。例えばSNSでの情報では誰が言った発言かもわからないなら、それを広げたらダメ。
    ②その情報の出た時(とき)を見る。古い情報か新しい情報かを確認する。日付を確認することで騙されなくなる。
    ③情報の出た元(もと)を見る。誰が情報源かどうかどうかが大切。検索することで鵜呑みにしないで違う意見などを確認できる。
    ④他の人、周りの人はその情報をどう見ているかを確認する。
    こうすることで自分の視野広がる。

    情報はスポットライトだから、その情報に接したら1分でも良いから自分で周りの暗がりに何があるかをセットにして確認することで大切なのです。

    (文責・編集部)

    午後1時15分から2023年度新入寮生歓迎会が開かれました。

    歓迎の挨拶をする
    鈴木礼子代表理事
    祝辞を述べる
    黒田あゆ美
    山形県東京事務所長

    最前列に男女の新入寮生が勢揃いし、歓迎会がスタート。最初に鈴木礼子代表理事が歓迎の挨拶をし、4年ぶりでマスクのない素顔の新入寮生に素晴らしい学生生活を送るようエールを送りました。そして、新入寮生が一人一人氏名、出身高校、入学した大学と一言のコメントを述べました。やや緊張した表情でしたが、大学生活に対する熱い希望がうかがえました。

    続いて来賓挨拶があり、山形県東京事務所長の黒田あゆ美さんから「自分の価値観を大切にして学生生活を送ってほしい。そして東京でたくさんのことを見て、聞いて、感じたこと、体験したことなどを是非山形にフィードバックしてほしい。皆さんも大学で出来た友人に山形をPRしてください」と述べました。

    また、駒込寮のある中里自治会の副会長・加藤稔さんから「地区には1400世帯あるが、やはり若者が少ない。そう言った中で、地区の第運動会、ラジオ体操、餅つき大会などさまざまな行事があり、駒込寮からも参加しているが、皆さんも地区の仲間として交流しましょう」と歓迎の言葉がありました。

    業務執行理事・佐藤修三さんの発声で全員で乾杯を行い、歓迎の宴が始まりました。
    今年は会場で。三つの音楽演奏があり、飲食と話をしながらも素敵な音楽を聴きました。
    最初は寮生の浅野目普之介君のピアノ演奏が、2番目には寮生の高橋健太くんが指揮をして尚美ミュージックカレッジの学生計14名のビッグバンドによるジャズ演奏、最後は齋藤優多君ら3名によるジャズトリオの演奏。
    新入寮生の声を聞くと「素晴らしい演奏で感動した」「なかなか山形では聞けなかった生演奏は良かった」など飲食を忘れて音楽に聞き入った人もおり、やまがた育英会に入寮しての初めてのイベントに興奮していました。

    自己紹介をする男子寮生
    勢揃いした女子寮生
    ライブ演奏を聴く寮生
    浅野目君のピアノ演奏
    14人編成の迫力あるビッグバンド
    斎藤君らジャズトリオ演奏
  • 2023/2/6

    令和4年度の予餞会が開かれ卒寮生の新たな門出を祝いました。

    やまがた育英会の令和4年度の予餞会が1月29日(日)午後に駒込学生会館で開催されました。卒寮生の卒業を祝い、在寮生や来賓、理事・評議員らが多数出席し、盛大にそして楽しい会となりました。

    第一部は恒例の緑蔭会で、今回はYBCの制作ディレクターの三浦重行さんが制作したドキュメンタリー番組「三つめの庄内~余計者たちの夢の国」を放映し、その後質疑応答がありました。

    番組は、戦前庄内から満州に開拓移民として渡った人々が、終戦後引き上げて来て、青森・六カ所村と北海道・サロベツ原野に入植して過酷な開拓を通じて「庄内村」を作ったを故郷愛を紹介しました。終了後に質疑があり、戦中戦後の厳しい生活や庄内に対する思いなどに話がありました。

    番組内で流れた戦前のポスターや雪の開拓村
    2台のテレビで寮生たちが見ました

    第二部は予餞会。最初に鈴木代表理事から、一年生の1月にコロナの感染の流行が始まり、それから三年間大変な学生生活を無事に送り、本日を迎えたことなどを踏まえて祝辞がありました。続いて日野敦史君が四年間の思い出などを交えた感情込めた謝辞がありました。

    記念品贈呈、来賓祝辞の後、予餞会が始まり、飲食と会話が弾みました。今年は東京音大の斎藤優太君と大学の仲間の三人でジャズのライブ演奏があり、ビビッドなBGMが流れ、素敵な予餞会となりました。

    鈴木代表理事の送る言葉と卒寮生
    謝辞を述べる
    日野敦史君
    ジャズのライブ演奏を
    BGMにした予餞会
    最後まで美味しい料理を楽しむ
  • 2023/1/6

    寮監だより

    (公財)やまがた育英会

    駒込学生会館 板橋学生会館

    寮生及び保護者の皆様へCC: 評議員 監事 理事各位

    初夢、争いの防波堤になれるのは

    皆さま、新年明けましておめでとうございます。

    振り返れば昨年は世界中が激動の一年でした。コロナのパンデミックが続く中、ロシアのウクライナ侵攻はまもなく1年です。戦闘での死者は軍人だけではなく一般市民、子供までたくさんの犠牲者が出ています。寒い冬を迎え、電源まで破壊されているウクライナの人々の暮らしを思うと胸が痛みます。

    今回のロシアの軍事作戦がどんな理由で始まったのか理解できません。悲惨な「戦争」はどうして起きるのか。人類は地球上のいたるところで幾度となく悲惨な争いを繰り返してきたのです。多くの賢者が知恵を集めて「平和な世界」を目指すのですが、なかなか実現しません。多くの犠牲者を出した第2次世界大戦後にできた国際連合も今回は機能を果たせていません。人間は理性を上回る攻撃性を本能的に持っていると唱えるノーベル賞受賞学者もいますので、終息の目途はなかなか立ちません。

    ところで「戦争」を計画し実行する決断は、ほとんどが権力を握った「男性」の仕業です。世界の国は様々な人種や宗教や価値観で成り立っているので、意見の違いや損得の争いがあるのは当然ですが、「殺し合い」にまで飛躍するのは「男性」が決断しているのではないでしょうか。一方で、地球環境を守るため闘っているのは「女性」の活躍が目立ちます。同じ争いでも殺しあいまではやりません。男女平等、LGBTが叫ばれている現代で、核爆弾という人類破滅の最終兵器のボタンを握り、戦争をしている権力者は果たしてどんな「正義」の持ち主なのでしょう。

    ウクライナもロシアも歩み寄る気配は全く感じられません。民主国家と専制国家の対立が深まるばかりです。この「戦争」を収めることのできるのは誰なんだろうと空想して思いだしたのはアニメの主人公でした。その名は宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」。今から30年前に公開したスタジオジブリの第一作で、私が現役時代に宮崎駿さんの旗振り役をやった作品です。

    「火の七日間」という人間が作り上げた文明を焼き尽くす恐ろしい大戦争後の絶望的な状況に置かれた地球でも、人間の命の美しさに希望を託して「生きろ」と先頭に立って人々を励まし戦った「姫さま」。そんなナウシカのような「女性」が現れてくれないものでしょうか。権力を振りかざし「戦争」で殺し合いを繰り広げる男たちの防波堤になれるのは、知性と母性をそなえた女性リーダーの登場なのかもしれません。私の初夢でした。

    おじいちゃんの形見の尺八

    4年生で大学院に進むR君は尺八をたしなむ理系の寮生である。入寮当時から時折、尺八とおぼしき音が多目的室から漏れ聞こえてくるのが気になっていた。リズムは感じなかったが、にぶ色の音を発し続け、ひたすら己の無力へ懸命に挑戦している姿がありました。

    なぜ尺八を始めたのと声をかけたところ、おじいちゃんが吹いているのを子供のころから耳にしていて憧れていたという。その後、おじいちゃんが無くなって形見としてもらったのだそうです。尺八はフルートと同じように、奏者が自らの口形によって吹き込む空気の量を調整しなければならないから、初心者が音を出すにはなかなか苦労するのだが、彼はへこたれずに懸命に挑んでいたのです。

    私にとって尺八の音の遠い思い出は、虚無僧さんという禅僧が、尺八を吹いて家々を托鉢して回ってくる光景が子供のころの印象に残っている。その後は正月によく聞いたお琴との合奏曲「春の海」、民謡の追分や馬子唄、舟歌などには欠かせない楽器として広く耳にするようになった。しかし、最近の若者の音楽シーンでは、渋い音の尺八はあまり出番がなく、たしなむ人は絶滅危惧種のようもの。そんな尺八にこだわって続けているR君は貴重な存在だと思っていた。

    入寮して4年経ちいよいよ卒寮です。コロナ禍で自由を奪われた3年の寮生活を経験する中で、くじけずに練習を続けた成果なのでしょう、多目的室からリズムを奏でる確かな尺八の音が聞こえてきたのです。顔を出してみると、しっかりと譜字の本をテーブル広げ、見ながら楽曲を奏でているではありませんか。「素晴らしい、音に表情が感じられる」と感想を伝えると、彼はにっこり、喜んでもらえて嬉しいと応じてくれた。彼は工学部の機械システムを勉強している学生です。尺八を生業にするつもりは毛頭なようですが、自分が楽しいと思うことは、苦手な事でも挑戦してみる志は見習うべきものがあります。

    いずれ社会にでた折に、会社や仲間に披露する機会がたくさんあると思います。そして、日本の伝統文化を尺八でパフォーマンスできる青年はめったにいません。世界中のどこで活躍しようとも「一尺八寸の竹の筒」をカバンに携えて、日本の音色を披露出来れば必ずや皆に喜ばれることでしょう。R君の門出に「がんばれ」と拍手を送ります。

    (公財)やまがた育英会
    寮監 和田 豊

    コロナ禍が今後どんな状況が続くかは分かりませんが
    1月29日(日)午後3時より「予選会」を開催いたします

    2月、3月は卒寮、新入寮など業務が多いこともあり
    皆様への「寮監だより」は新年度4月よりお届けいたします

    今年の干支は「うさぎ」です
    皆様の飛躍を祈念いたします
  • 2022/5/24

    伝統の「山手線徒歩一周」3年ぶりに再開。
    17時間かけての快挙に達成感と満足感が・・。

    ゴールデンウイークの5月4日みどりの日、やまがた育英会が伝統にしてきた「山手線徒歩一周」が3年ぶりに開催されました。令和2年早々から広がり始めた新型コロナウイルスのため2年間、開催できずにいました。今年はコロナ禍で心配する声もありましたが、男女あわせて33名が参加。全員がマスクをするなど十分気をつけて実施しました。先導は4年生の日野敦史君、しんがりは3年の結城壮汰君がつとめてくれました。

    朝、駒込寮を全員でスタートし、全行程約45キロを一緒に歩いて、また全員で寮に戻ってくるスタイルです。朝の7時半に出発、約17時間かけて歩き、寮に帰ったのは深夜を回った午前1時でした。1年生の参加が特に多く、先輩との親交を深めるよい機会でもあり、知らない東京の街を発見することも出来ました。特に今年は「渋谷のスクランブル交差点」や「新宿の夜の歌舞伎町」をグループで歩く光景は人々の注目を集めたようです。

    実際のスケジュールは次のようなものでした。
    7時30分 駒込寮出発 →9時 上野公園で朝食 →11時 東京駅 →12時 浜松町で昼食 15時 品川駅 → 17時 渋谷スクランブル交差点 → 18時 代々木で夕食 → 新宿歌舞伎町 22時30分 池袋 →  24時50分 駒込寮到着 → 1時15分 出迎え歓迎食事会 → 3時 解散就寝

    お楽しみは食事。朝は上野公園でコンビニで買ったもので全員集まって食べ、お昼は浜松町、夕食は班別に分かれて美味しいものを食べたようです。道中で一番苦しかったのは新宿から池袋を過ぎて大塚までの区間は体力の限界を迎えたようで、皆が声を掛け励まし合って全員が無事に戻りました。素晴らしい快挙を成し遂げてくれました。出迎えには鈴木代表と清野理事やOBも加わっての有終の感動を共にしました。

    夜食の準備は片桐寮母と芹沢管理人が美味しいご馳走をたくさん用意して、皆の疲れを癒してくれました。解散したのは午前3時。お互いの健闘をたたえ合って解散。

    メニュー

    • 鳥の唐揚げ
    • ハヤシライス
    • キュウリの一本浅漬け
    • 各種飲み物

    今回の「山手線徒歩一周」は3年ぶりなので全員が初めての経験でした。果たしてうまくいくのかなと心配していたのですが、リーダーは下調べしたり、OBにアドバイスをもらって計画準備し見事に大行事を成し遂げました。心身ともに充実した若い世代の成長に驚きを覚えた一日でした。何となく、寮生の若さが新型コロナに打ち勝った感じがする素晴らしいイベントでした。

    まだ元気いっぱいの参加者たち。いつまでパワーは持つかな?
    新橋駅前のSL広場にて
    高田馬場駅前にて
  • 2022/5/24

    我が寮生は、気は優しく力持ち。
    駒込寮の前にある「庄内坂」で見た、寮生の気配り、優しさ。

    駒込学生会館は山手線でただ一つの踏切を右に見て、線路沿いの坂道を80メートルほど上り詰めた高台にあります。敷地の入り口にはお稲荷さんの小さな社があり、そばにはふた抱えもあるケヤキの古木が1本、大きく枝をはり巨大な緑の傘を繁らせ、夏には風通しの良い木陰を作ってくれます。その下には二人掛けのベンチがあります。坂を上がり、息が切れるお年寄りには「ほっと」一休みできると喜ばれています。

    先日、入り口の掃除をしていたらご近所のおばあさんに声をかけられました。「突然雨が降ってきて困り果てケヤキ下のベンチで雨宿りをしていたら、お宅の学生さんがビニール傘を持って貸してくれたんですよ。とても助かりました。お返し行った時に学生さんにお礼を言いたかったんですが分からなくて、親切にしていただき有難うございます」と言われました。

    さりげない心遣いなのに、なんと優しい心を持った寮生がいるのかと感激してしまいました。人生80年近くになりますが、生きてゆくうえで大切なことは昔から言われていることですが「気は優しくて力持ち」だと思います。人生には戦いや競争がつきものですが、その時は全力で取り組んでも、相手を思いやる「優しさ」を心のどこかに持ちたいものです。この度は寮生に教えられてしまいました。館内のあちこちに寮生活のモットー「マナー>規則」を掲げておりますが、お年寄りに傘を貸した親切はとても素敵なマナーです。

    駒込寮前の庄内坂の欅の木の下のベンチ

  • 2022/4/22

    36名の新しい顔が勢揃い。
    笑顔で東京での寮生活を始める節目の歓迎会を開催。

    鈴木代表理事の挨拶

    4月17日(日)正午から駒込学生会館で令和4年度の新入寮生歓迎会が開催されました。

    恒例の集合写真は正午前に寮の正面玄関脇の広場で5段に並び、最初は緊張した顔でしたが次第に笑顔が出て、和やかな雰囲気の中で撮影しました。

    正午過ぎから多目的室で歓迎会。鈴木礼子代表理事が歓迎の挨拶。「パンデミックの時代ですが皆さん入学、入寮おめでとうございます。まずは、皆さんのご両親の熱い思いを感じてほしいと思います。私は俳句をしていますが五七五の中に他人がしないアプローチをしています。俳句も能、華道、漫画なども日本伝統の文化で、海外に行く人は大切なものです。ここでの4年間は自分の将来を左右する時期であり、自分のできることを見つけて欲しい」とエールを送りました。

    その後、新入寮生が前に整列し、一人一人出身高校や在学大学、そしてこれからやりたいことなど1~2分の自己紹介をしました。「資格を取りたい」「いろんな人との出会いを通じて視野を広げたい」「部活動で頑張りたい」などそれぞれが決意などを語りました。

    男子寮生の自己紹介
    女子寮生の自己紹介
    在寮生代表の紹介
    食事と懇親会
  • 2021/12/24

    駒込の寮生にクリスマス料理

    12月22日(水)の夕食で、一足早いクリスマス料理が提供されました。調理師が気持ちをこめて作ったローストチキンをはじめピザ、マカロニサラダ、テリーヌ、ピラフ、スープなどにチョコケーキも付いて、今年一年のコロナ禍を忘れる感じの食事でした。
    今年も残すところわずかですが、寮生は元気に新年を迎えます。

  • 2021/11/11

    駒込寮で真下慶治画伯の絵画の贈呈・除幕式が行われました。

    11月7日(日)、正午から駒込学生会館のロビーで、山形県で活躍された洋画家・真下慶治画伯の絵画3点の贈呈式が行われました。真下画伯(戸沢村出身)は山形県の母なる川「最上川」を生涯描き続け、村山市に最上川美術館・真下慶治記念館に多く収納・展示されています。

    やまがた育英会は山形県出身の学生が生活し、県民の心の拠り所とも言える最上川は多くの寮生に親しまれています。今回、真下画伯の奥様から「山形県出身の若い人に真下の情熱を込めた絵画と接して欲しい」と最上川を描いた3点が寄贈され、当日寄贈・除幕式が行われ、ロビーと廊下に展示されました。

    また、3点の絵画の額縁を、寮OBの本間俊三さんが全額寄付して特注のものを寄贈されました。

    当日は、真下画伯の清美夫人と本間さんが並んで除幕し、皆んなの前に素晴らしい冬の最上川の絵画「最上川の雪霽(ゆきばれ)」が現れました。また、廊下には「夏の最上川」と「冬の最上川」の同一アングルの絵が飾られました。その後、鈴木理事長からお二人に感謝状が贈られました。

    寮生を代表して男子寮長は「山形のシンボルをこうして見ることで、寮生は故郷の心を忘れないと感じました」、女子寮長は「東京に来たもののコロナ禍で山形になかなか帰れない中で素晴らしい絵で故郷を実感でき、ありがとうございました」と感謝の言葉を述べました。

    「最上川の雪霽(ゆきばれ)」
    夏の最上川
    冬の最上川
    除幕式
  • 2021/11/11

    11月7日(日)午後、駒込寮で米沢牛を使った「芋煮会」を開催しました。

    11月7日(日)、絵画贈呈式が行われた後、12時40分から食堂と多目的室を使って「芋煮会」と「秋のコンサート」が開催されました。例年は11月に寮祭を開催していましたが、昨年、今年もコロナ禍のため中止となっていました。今年は10は月以降感染者が大幅に減少したこともあり、三密を避けながら久しぶりでの芋煮を楽しみました。今年はOBの方も7名が懐かしい芋煮に参加し、大好評の米沢牛や山形産の芋などを使った料理は皆さんに喜ばれていました。

    芋煮を楽しみながら、寮生の我妻英君(東京音大4年)と特別ゲストに東京音大の大熊啓悟さん(ヴァイオリン)、山村侑さん(ヴィオラ)の三人による「秋のコンサート」が行われ、生演奏を BGMにしてひと時を楽しみました。ベートーベンのピアノソナタやジブリメドレー、赤とんぼなどの「秋のうたメドレー」などクラシックから唱歌や最新の曲まで演奏し、食欲の秋と芸術の秋を共に楽しみました。

    乾杯で芋煮会がスタート
    芋煮に舌鼓
    寮のOBも参加
    ピアノ演奏する我妻君
    弦楽を演奏するゲスト
  • 2021/9/24

    駒込学生会館、東京消防庁から感謝状をいただく

    災害や疫病はいつ私たちの生活にどのような影響を及ぼすか予測がつきません。

    学生寮で共同生活をしている私たちにとっては日頃からの準備や心構えが大切なことです。その中でも学生寮のある地域住民との良好な協調関係を保つことがとても重要で、町内会の行事などに寮生は積極的に参加して、地元の人々と親しくしております。

    さて、今年度は帰宅の滝野川消防署からの呼びかけに応じて、駒込学生会館の6名の寮生が消防団員として入団して活躍をしております。この実績が評価され、駒込学生会館が東京消防庁から「消防団協力事業所」の認定を受け、表示証と感謝状の交付を受けました。授与式は9月24日(金)に駒込お学生会館で行われ、滝野川消防署の村岡聡一署長から和田ロ寮監に授与されました。

    コロナ禍で何かと暗い話ばかりですが、寮生にとっても誇らしい出来事でした。

やまがた育英会
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(公財)やまがた育英会 事務局

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